つまりそんなこと

山内惠介さんを応援する妙齢女子の呟き。スケートシーズンはそっち寄りになります。

たらの芽クエスト

私はコンビで派遣されているのだが10年もの長きに渡り苦楽を共にした最強の相方が古稀をむかえ「フルタイムはキツいからハーフタイムで働く」と移動してしまった。
寂しかったが2代目の相方はその穴を埋める以上の素敵な人に恵まれた。
私生活では初代相方とも交流しつつ2代目相方とは楽しく仕事ができていた。
コンビで働くにあたって相方に恵まれないほど悲惨なことはない。
私達の前任者は1年間に1ダースもの相方をイビり出した猛者だったらしい。
相方がコロコロ代わるのは自分の首を絞めるようなものだと思うのだが……。

しかし、私より10歳年上の2代目相方は1年務めたところで体調を崩し3ヶ月ほど休んだが遂に退職することとなった。
2代目相方が進退を決めかねて休んでいる間に私の元には他部所から助っ人が送られてきた。
会社も色々と遣り繰りがつかないらしく助っ人さんは数週間ずつ3人送られてきた。
1人目、2人目は年上のベテランさんだった。
3人目は入社1年目でひとつ年下だったが私達は直ぐに意気投合した。
彼女は私がトッポジージョの箱菓子を知っているとわかると「年代が一緒だと話があうよね!」と喜んだ(知ってる人に会ったことがなかったとか)
私がマーマレードが好きと知ると「マーマレード好き来たよ!」と意味不明な叫び?なんでもお土産でマーマレードを貰ったけど苦手なんだとか。おかげ様で美味しいマーマレードにありつきました!
お互いに好きな力士が輪島関と知った時も「輪島が好きな人に初めて会った!」と盛り上がった。
中学も同じと知り懐かしく話したりもした。

ある日、調理長が「たらの芽取りに行くぞ!」と号令をかけ私とヘルプさんは白衣のまま長靴を履いて従った。
派遣先は山添いにあり駐車場には野生のたらの木が生えているのだ。
私は慌ててレジ袋を掴むとモップの棒に傘の柄を付けた秘密兵器を担いで猪八戒のように従ったのである。
最初は駐車場でチマチマとたらの芽を採取していたが人目につきやすい場所は既に乱獲されていた。
昼の賄い用に人数分あれば充分なのであるが私達は欲深いパーティーだった。
気がつくと腰まで生い茂った草木を分け行っていた。
調理長が「この木は無理だな」と言ったが私は「そんなことありません!やりましょう!」
と意気込む!
気おされた調理長は傘の持ち手のカーブを育ち過ぎたたらの幹に引っ掛けた。2人で渾身の力を振り絞ると調理長が「飛んだ!」と叫んだ。たらの芽が飛んだと思った私は地面に目をやる。
調理長が「あったか?」と叫ぶ。
飛んでいったたらの芽など藪の中で見つかるはずがない。しかし地面すれすれに手頃なたらの芽を見つけて採取し自慢気に見せると飛んだのは傘の持ち手であると知らされた。
引っ掛けることが出来なければ高い位置にあるたらの芽を採取するのは無理だ。
調理長が終了を告げるも「なんとかなる」と食い下がる白衣の2人。
ドラクエみたいだな」調理長が呟く。
「でも、このパーティー勇者しかいませんよ?勇者が3人って?」
少し進むと急な斜面にあるために手付かずの群生地に出た。
「もう武器がない」
調理長はお宝を諦めて斜面を登り始めた。
登りきると舗装された道路に出るのだ。
がさがさと音がする……諦めきれないヘルプさんが未開のたらの木に果敢に攻め入りレジ袋をはち切れんばかりにして現れた。
彼女は勇者ではない…戦士だ。
この時、山菜取りで遭難者が出る理由が分かった気がした。
1人先に歩道に上がって待っていた調理長は私達の蛮行に呆れ果て「人数分あればいいのに……」
結局、武器を持っているから自分は魔導師だと調理長が言う。
「私は勇者でいいですか?」と聞くと「賢者だよ、物知りだから」という意外な言葉。
ヘルプさんは戦士以外考えられない。
来年もこのパーティーでたらの芽狩りを!と多いに盛り上がったが来年がないことはわかっている。
8日間のお勤めを終えたらヘルプさんは自分の派遣先に戻ってしまうのだから。
私の3代目の相方が決まる迄の繋ぎでしかないのだ。

こんなに気の合う人にはあったことがない。一緒に働けたらどんなに素晴らしいだろう?
調理長は派遣先の人なので会社が違うのだが「彼女を引き抜いて!」と懇願した。
同じく派遣先の館長にも「ヘッドハンティングしてください」と頼み込んだ。
ホテル勤務のヘルプさんはシフトで働いているから土日祝祭日が固定休というこちらの職場にまんざらでもない様子を見せ私はヘルプさんを相方に昇格させるべく奮闘した。派遣チーフにも「彼女に来てもらえないんですか?」と訴えた。チーフは上司に私の希望を伝えてくれたのだが「契約料が違うから」と言われたそうだ。地元の企業会館に派遣されてる私より温泉街のホテルに派遣されてるヘルプさんの方が派遣料が高いと知り諦めざるを得なかった。
8日間を共に働いてくれたヘルプさんはあっけなく私の前から消え去ったのだ。
私達はLINEを交換することもなく駐車場であっさり別れた。

翌日の朝、私は自分が何も出来なくなっていることに気がついた。具合が悪いわけではないのに?
私はその無気力の正体がヘルプさんにもう会えないという喪失感なのだと驚いた。
僅か8日間、仕事を手伝ってもらっただけなのに?

ただぼぉ〜と1日を過ごして迎えた新しい朝…元に戻ったとはいえないが私は何かをすることが出来る位には回復していた。
魔導師が呪文を修得したのかもしれない。